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P .マスタード/プルストカフェ

 粒マスタードでは珍しいマヨネーズのような赤いプラスチックボトルが目を惹く「P .マスタード」。ひと口食べると、今までの粒マスタードのイメージが変わる新食感の「P .マスタード」を開発したのは、イタリアンのシェフでもある「プルストカフェ」のオーナー・栗屋野(くりやの)浩樹さんだ。
2008年から9年ほど、京都市高野でイタリアンカフェを営んでいました。当時、イタリアンのお店が増えていた時期で、店のオリジナルのものがあったら遠方からもお客様に来ていただけるんじゃないかと、できるだけ自家製のものを提供していました。自家製というと、ベーコンやソース、パンをつくっている店が多くて、ほかにアイディアがないかと模索していたなかで、粒マスタードに行き着きました。一度つくってみたら、思いのほか、簡単においしい粒マスタードができたんです(笑)」(栗屋野さん、以下同)

 

「P .マスタード」を手に微笑む栗屋野さん。カフェの店内はアートや音楽の本が飾られ、おしゃれな空気感をまとっている。

 

「P .マスタード」のボトルからは、ころんと丸い粒マスタードが透けて見えている。実際に食べてみると、そのひと粒ひと粒を舌で感じられることにまず驚く。
「フランスのGABANのポメリーマスタードやMAILLEの粒マスタードは、半分、粒マスタードが潰れるような製法をされていると思うんですが、うちの粒マスタードはマスタードシードのつぶつぶを潰さすに残しています。噛んだときにぷちっと粒マスタードがはじけて、マスタードの風味がふわっと広がるように仕掛けています。
 試作をしていたときに、このぷちぷち弾けるような歯触りは新しい食感で、すごくおいしいなあと思ったんです。でもお客様がどう感じられるか不安もあって、ピザの上に粒マスタードを載せてみたり、ベーコンの横に添えたりして反響を見てみました」
  この独特のぷちぷち感を出すために、栗屋野さんはカナダ産のマスタードシードをセレクト。
「いわゆる家庭でよく使われる和がらしの種でも試してみましたが、粒が小さく粘りも少なくて、ぷちぷち感が弱かったので、粒が大きい洋がらしのマスタードシードを使っています。
 マスタードシードも胡椒と同じで、色の濃いほうが辛味が強いと言われていて、イエローよりもブラウンのマスタードシードのほうが辛味があって少しえぐみもあります。個性の違うイエローとブラウンのマスタードシードの配合は、試行錯誤した結果、いまの形に落ち着きました」
P.マスタード」には、ノーマルタイプとぴり辛タイプの二種類があり、フルーティで甘酸っぱい味わいのノーマルタイプは、子どもでもぺろりと食べられる優しい味わいだ。
「ノーマルタイプには、はちみつと三温糖で甘みをプラスしたアップルビネガーに、味の決め手になるある調味料を加えています。料理のことを聞かれたら、なんでも話しますが、このビネガー液のレシピは企業秘密ですね(笑)。
 三日ほどビネガー液にマスタードシードを漬け込むと、粒がだんだんと膨らんで、マスタードシードから自然な粘りが出てきたら完成です。うちの粒マスタードは常温で半年保ちますが、風味が劣化してくるので、フレッシュなほうがおいしいかもしれないですね」

 

 一番右の瓶がビネガー液に漬け込んだばかりのマスタードシード。左の瓶に比べると、徐々にマスタードシードが膨らんでいるのがわかる。

 

 ぴり辛タイプの粒マスタードには、マスタードシードよりもふた回り大きいグリーンペッパーを加え、辛味のバリエーションが豊かな粒マスタードに仕上げている。
「ぴり辛の粒マスタードは、七味唐辛子のようなアイディアで、にんにく、しょうが、クミン、オレガノ、コリアンダーといったスパイスを混ぜ込んでいます。唐辛子のぴりっとくる辛味もありながら、洋がらしとは違う爽やかな辛味がふわっと現れるように、隠し球でグリーンペッパーをまるごと忍ばせて、グリーンペッパーの部分にあたると、味変的に楽しんでいただけます」
 粒マスタードというとソーセージに合わせるイメージがあるが、この粒マスタードは料理の幅も増やしてくれそうだ。
 「焼き魚にもお作りにもよく合いますし、少し変わりどころでは、ノーマルの粒マスタードに納豆。粒マスタードのぷちぷち感がより際立って美味しいですよ。卵料理との相性はとてもよくて、卵かけご飯にぴり辛のほうを入れると、おしゃれ卵かけご飯になります」

 

 ラベリング前の「ぴり辛P.マスタード」。味変的に現れるグリーンペッパーの絡みが絶妙で、シェフでもある栗屋野さんの発想がひかる名品。

 

 2018年に京都市左京区鹿ヶ谷へ移転して、店名を「プルストカフェ」に変更した。ここでは自家製の粒マスタードをつかった名物料理を用意した。
「デミグラスとケチャップを使った深みのあるソースに、粒マスタードをたっぷりかけたナポリタンを、“大人のナポリタン”として打ち出したら、メディアの方に取り上げていただきました。味わっていただいたお客様から、粒マスタードを売ってほしいという声もいただけて、最初はカフェの横で粒マスタードを販売していました」
 そんななかコロナ禍となり、緊急事態宣言で休業する日が増えるようになっていく。
「厨房は生き物的なところがあって、一度完全に稼働を止めると、ちょっとお昼ごはんにパスタをつくろうと思っても大変なんです。だんだんとカフェの営業と販売を両立するのが難しくなってきたので、いまはいったんカフェを休業して、マスタードの製造と販売に力を入れるようになりました」

 

 カフェの厨房で、ノーマルタイプのビネガー液を調合する栗屋野さん。粒マスタードの注文と出荷のタイミングを見計らいながら仕込んでいる。

 

  気がつけば、個人のお客様だけでなく他店舗での取り扱い依頼も増え、カフェの売上と同じくらいの人気商品に成長した。
「レストランは待つスタイルなので、今まではずっとレストランに箱詰めでしたが、最近は大阪や三重など近郊のマルシェに出店したり、僕がイベントに出向いて、ワンプレート料理を提供したりしています。自分が外に出ていくことで、粒マスタードをきっかけにした新しい出会いもあって、それが仕事につながっている。コロナが終息したら、全国に行けると思うととても楽しみですし、“大人のナポリタン”を食べたかったと言ってくださる方々に、いつかイベントで味わっていただきたいですね」
 粒マスタードの販売に専念するの機に、「プルストカフェ」から「プルストカフェ 風味(かぜあじ)制作所」にリネームした。アート作品を作り出す意味合いがある「制」の字を入れた名前からは、たんなる工業製品ではなく、生活を彩る品物を届けたいという栗屋野さんの心持ちが伝わってくる。
「もともと店名にしている”プルスト”も、香りからある記憶を思い出すプルースト現象が由来で、文字の綴りはアレンジしています。香りは僕がとても大切にしている要素で、以前はカフェ中が自家焙煎の珈琲のいい香りがしていました。フライパンで大量の珈琲豆を炒るのは、肩との勝負でなかなかきついんですが、いつかイベント限定商品で、珈琲も販売したいなと思っています」
 キャップを開けると香る柔らかな酸味、そしてぶちっと弾ける食感が楽しい「P .マスタード」。かわいい見た目もギフトにぴったりで、一度食べたら誰かにおすすめしたくなる逸品だ。
(写真/Mitsuru Wakabayashi、インタビュー構成/清水志保)

 

 店名の由来にもなったマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』。翻訳本のほかに漫画版も発売されているが、文字量が多くて読むのが大変だったそう。

 

栗屋野さんがフライパンでハンドローストした自家焙煎の珈琲豆。瓶のふたを開けると、濃厚で香ばしい珈琲の香りがふわっと広がる。

 

【店舗情報】
プルストカフェ 風味制作所 
京都府左京区鹿ヶ谷西寺ノ前町30-4(現在、カフェは休業中)

 

【商品情報】

P.mustard  ¥1,026- 

 

ピリ P.mustard ¥1,134-